「あ、蓬生お帰り」

「お帰りなさい、土岐さん」

「ただいま…なんや、小日向ちゃんもおったん」

「はい!」

「同じ寮にいるんだから、いるの当たり前じゃん」

「せやけど、この時間におるん珍しいやん」

「なんか、有名店のロールケーキ貰ったんだって。そんで、量も少ないし…」

「こっそり食べてまおうって?」

「ち、違います!いる人で分けようと思っ…て」

「ふふ、そない慌てて…可愛いなぁ、小日向ちゃんは」

蓬生に言われて、目の前のかなでちゃんの頬がポッと染まる。
自分の彼氏がそれだけ魅力的なんだと胸をはればいいんだろうけど、あいにくあたしの心は猫の額並みに狭い。

「冥加くんに差し入れをあげたら、そのお礼にって…」

「冥加…あぁ、天音の彼か。へぇ…案外義理堅いんやね」

「借りを作りたくない、って言ってましたけど」

「こないに可愛い子からの差し入れなら、喜んで受取ればええのに」

「可愛くなんてないですよ!?」

「ふふ、星奏の人たちはもう少し小日向ちゃんの魅力を言葉にせんとあかんね。折角の愛らしさも、花開かんと勿体ないわ」

「そ、そんな……」

ロールケーキを口にいれるために使っていたフォークを無意識に齧る。
蓬生が女の子に対して、こういうことを言うのは、いつもの事だとわかっているけれど…何故だろう。
目の前のかなでちゃんが、蓬生の言葉でどんどん頬を染めていく姿を見ていると、なんだか胸が痛い。



あたしよりも音楽に精通していて、蓬生と千秋が引き抜こうとさえ考えている女の子。

――― 彼女が、蓬生を好きになったらどうしよう




「…あ、話に夢中で気づかなくてごめんなさい。よかったら土岐さんもいかがですか?」

「俺の分もあるん?」

「はい、先着4名様まで食べられます!」

お皿に乗せられ、ラップがかけられているロールケーキを示して微笑む彼女は、同姓のあたしから見ても…可愛い。



ちくり…と、再び胸が痛んだ。



「へぇ…ありがとう。けど…気持ちだけ貰っとくわ」

「あれ、甘いの苦手ですか?」

むくむくと湧きだした不安が、どんどん胸の中で膨らんでいく。
知らず知らずのうちに、俯きだした頬に背後からひやりと冷たい手が添えられた。

「っ!」

反射的に背筋が伸びる。

「苦手やないけど…」

頬に添えられた手がすべり、顎へ来たかと思うと、僅かに力を入れて上に傾けられた。
目を閉じる前に、視界に蓬生の顔が飛び込んでくる。

「ちょ…」

まさか…と思い、制止の言葉を発しようとしたけれど、それよりも先に唇を塞がれる。
触れるだけのキスをして、ぺろりとあたしの唇を舐めると、蓬生は千秋のような不敵な笑みを浮かべて口元を緩めた。

「この子が美味しそうに食べとる顔、見れただけで充分やから、俺の分にやって」

「………は、…はい」

「ほな、夕飯まで休ませて貰おか。こない暑い中でライブしたら、えらい疲れたわ」

気だるげな仕草で、机に置いてあったアイスティーを持って部屋へ向かう。
勿論、そのアイスティーは…あたしがついさっきまで飲んでいたもの。

残されたのは、この後どうすればいいのか困惑しているあたしと、蓬生とあたしを見比べているかなでちゃんだけ。

「…あ、あの…かなでちゃん」

「は、はいっ!」

「今のは、その…」

「凄い素敵でしたっ!…じゃなくて、えと…」

蓬生と話していた時以上に赤い顔をしているかなでちゃん。
やっぱ、見てないわけ…ないか。

「ドラマみたいで…素敵でした」

「うぅ…は、恥ずかしいから…あんま言わないで」

「でも、お二人は恋人同士だから、あーいうのは…よくある、こと…なんですよね?」

珍しく好奇心を刺激されたのか、声をひそめるように尋ねられて、自然あたしの声も小さくなる。

「…よくは、ない」

「そうなんですか?」

「うん…」

蓬生が、こんな行動にでたのは、あたしがかなでちゃんに嫉妬したことに気付いたからだ。
座っているあたしの背後に立っていたから、見えないと思っていたけれど…彼には全部、わかってたんだ。
そうじゃなきゃ、キスする時…あんな目で、みない。



――― 嫉妬しとるん…?



あの目を思いだすだけで、頬が熱くなる。

さん、アイスティーおかわりいれますね」

「…ありがとう、かなでちゃん」

グラスを取りにキッチンへ向かう彼女を目で追い、そのまま視線を蓬生が歩いていった方へ向ける。

「あとで、もう一度キスしよう」

嫉妬した気持ちを静めるような、誰かが見ているところでのキスじゃなく
あなたが好きだという気持ちを伝えるキスを…





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自由が丘ロールって美味いですよね!
あんな美味いロールケーキ食べたことなかったです!
あ〜…も1回食べたい…ということで、冥加の差し入れがロールケーキになりました(笑)
量的にそんなないので、先着で食えるということに。
彼氏とはいえ、目の前で女の子褒められたらそりゃ頬も膨れますよね。
…というか、それをわかっててやってそうだけども、蓬生。
いいんだけど、そんな蓬生も好きだから。
でも、人前でのちゅーは少しは控えた方がいいと思………神南の二人じゃ無理か(え!?(笑))